大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和44年(う)709号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕論旨は、被害者はピリン系薬品によるシヨック死を遂げたもので、本件傷害と被害者の死亡との間には因果関係はないのに、原判決が信用性の乏しい竜野嘉紹作成の鑑定書により因果関係を認めたのは事実誤認の違法があるというのである。

しかしながら原判決挙示の各証拠を綜合すれば本件被害者原田正一こと梶正一の死亡と被告人が同人に与えた傷害との間に因果関係のあることは充分に認められるのであり、その点につき原判決が裁判所の判断として判示するところは当裁判所も相当としてこれを是認するものであつて、原判決には所論の事実誤認の違法はない。

すなわち、原判決の挙示する原審第三回および第五回(所論に第四回とあるのは第五回の誤りと認める。)公判調書中の証人竜野嘉紹の証言と同人作成の鑑定書によれば、同人は裁判官の鑑定処分許可状により被害者の死体を解剖したところ、被害者には(1)、軽度のくも膜下出血を伴う鶏卵大の左右前頭部皮下出血並びに小指頭大の左右側頭筋内出血、左第六肋骨および右第八肋骨骨折を伴う左側胸部皮下出血等の創傷が認められたほか、(2)全身に褪色しかかつた紅斑と水泡が潰れて表皮のはげたような薬疹が認められ、且つ(3)被害者は通常人と比較して心臓が肥大していたため何らかの負荷がかかつた場合に脆弱性があつたと解せられるような体質であつたこと、右のような解剖所見からすれば被害者は右各原因が競合して急性循環不全によつて死亡するに至つたものであり、その死因は(1)のくも膜下出血を伴う頭部外傷が大きな原因をなし、これに(3)の心臓肥大体質が死亡を早める要因として作用したこと、(2)の薬疹(原審証人吉田栄の証言および吉田病院における原田正一の診療録によれば右薬疹はピリン系薬品によるものと考えられる。)も死因の一端に含まれるが、これは薬物中毒による発熱のため呼吸困難を来しひいては心臓衰弱を早めたという意味で死因に間接に加功したいわば補助的要因にすぎないと考えられるというのであつて、右鑑定等には何ら不審のかどはなく、解剖時右薬疹を重視しなかつたことは何ら右鑑定等の信用性に影響を及ぼすものではないと解せられるから、右鑑定およびこれを補足説明するものとして右証言(以下竜野鑑定等という。)はいずれも信用性に欠けるところはないというべく、この点をいう所論は失当である。

そして右鑑定等によれば被害者の死因は判示(1)のくも膜下出血を伴う頭部外傷を主たる原因とするものであつたと認められるから、被告人の与えた本件傷害と被害者の死亡との間に因果関係があることは明らかといわねばならない。

所論は原審証人吉田栄の証言をひいて被害者の死因はピリン系の薬物中毒によるシヨック死であるというが、原審第五回公判調書中の前顕竜野証言によれば、薬物によるシヨック死は通常注射又は内服後数時間極端な場合は三〇分以内に死亡するものであると認められるところ、被害者の薬疹は前にも認定したように全身に褪色しかけた紅斑と水泡が潰れて表皮のはげたようなものが可成り認められたというのであつて、右は褪色しかけたものと比較的新しいものではあつたがいずれも相当古いものであつたというのであり、前顕吉田病院における原田正一の診療録四枚、原審証人吉田栄、見持照子の各証言によれば、右吉田病院では昭和四三年四月四日被害者を治療しセルピリン0.5頓服(ピリン系薬物を含む。)二服を与えたが、その後被害者がピリン系薬物中毒を起す特異体質者であることが判明したのでピリン禁の処置をとりE、A錠(ピリン系薬品を含むが薬疹が出難い。)を投薬していたところ、同月一八日被害者が歯痛を訴えたので雇主の妻見持照子が医師の指示をうけることなくノーシン(ピリン系薬品を含む。)二錠を与えたが、同日以降は被害者にこの種薬品を与えてはおらず、亦被害者自身が市販のピリン系薬品を購入して服用した形跡もないことが認められるのでこの点をいう所論は採用し難く、被害者の前示薬疹は当初セルピリン服用の際表われた分が褪色しかけており、比較的新しい分は後にノーシンを服用した際表われた分であるとの前示竜野証言は首肯できるものというべきである。そして薬物シヨック死の前記のような表われ方からすれば、被害者の死亡は薬物シヨックを直接の原因とするものではなく、せいぜい上来説示した範囲での間接的補助的な一原因たるにすぎないと解せられるから、被害者の死因は薬物シヨック死であるとの前顕吉田証言は採用し難くこの点をいう所論は失当である。(児島謙二 木本繁今富滋)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!